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東京地方裁判所 昭和32年(特わ)155号 判決 1958年7月01日

被告人 立岩順一 外一名

主文

被告人立岩順一を懲役八月に、被告人海内藤作を懲役十月に処する。

但しこの裁判確定の日から、被告人立岩順一に対し一年間被告人海内藤作に対し二年間いずれも右刑の執行を猶予する。

被告人海内藤作より金十万円を追徴する。

訴訟費用は全部被告人海内藤作の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人立岩順一は昭和二十三年十一月全国購買農業協同組合連合会(以下全購連と略称する)の設立とともに大阪支所総務課長となり、その後東京本所に転じて昭和二十六年肥糧部統制課長となり昭和二十八年より同部次長をも兼務していたもの、被告人海内藤作は昭和十八年農林技官に任ぜられ昭和二十六年より農林省農林経済局肥料課業務班長の職にあつたものであるが、

第一、昭和二十九年六月臨時肥料需給安定法が制定施行されたところ、同法は硫安工業合理化及び硫安輸出調整臨時措置法と相俟つて、当時ようやく生産過剰となり国内価格を下廻る価格による所謂出血輸出が行われるようになつた硫安等の肥料について輸出による内需の圧迫を防止し、国内需給の調整及び価格の安定を図ることを目的とするものであつて、そのため右安定法は肥料審議会制度を設けるとともに、肥料の需給計画、調整用肥料の保留、生産業者又は輸出業者の最高販売価格等の諸制度を規定し、ことに右の調整保留肥料制度については、農林大臣が農業者を直接又は間接に構成員とする団体を指定し、これに指示して毎年八月一日より翌年七月三十一日に至る肥料年度内における国内消費見込数量の一割以内の肥料を不需要期である毎年十一月から翌年一月までの間に買取らせて保管させ、これを需要期である毎年三月から六月までの間又は緊急時に放出(譲渡)させることによつて年間需給の円滑化及び価格の安定を図ることとされ、昭和二十九年十一月全購連が右団体に指定された結果、右調整保留肥料に関する事務を担当する農林省農林経済局肥料課業務班と全購連肥糧部調整保管課とは互に密接な関係を生ずるに至つた。

即ち右業務班は、肥料行政の重要性に鑑み、農林大臣が肥料審議会の意見を聞いて定めた各実施要領に基き、なお局長等と慎重に協議決定した方針に従い、その都度課長の決裁を受けて、需給計画の策定及び調整保留肥料の買取、保管の指示につき生産業者の生産量、出荷、在庫、数量等の報告を求める等資料を検討し全購連の立てた保管蔵置計画を確認して買取指示書の原議を起案し、その放出指示につき全購連その他の申出を受け、生産業者の意見を徴したうえ同指示書の原議を起案し、保管状況について検査を施行する等の事務を担当し、全購連肥糧部調整保管課は農林省の右業務班の監督と指導の下に前記指示に従い右肥料の買上、保管、放出等の事務に従事することとなり、被告人海内は右業務班長として部下を指揮し直接右事務に従事し、被告人立岩は右肥糧部次長として前記事務を統括する同部長を補佐していたところ、

(一)  被告人立岩は昭和三十年七月末頃被告人海内が同年八月上旬欧米に出張する旨を知り餞別名義で同人に金員を贈賄しようと企て、全購連肥糧部燐酸加里課長坂井次郎に命じ別途勘定から引出した現金十万円をのし紙に包み封筒に入れて用意させたうえ、同人をして東京都千代田区霞ヶ関所在農林省肥料課業務班室において被告人海内に対し、同被告人の担当する前記調整保留肥料の買取及び放出(譲渡)の指示保管状況の検査等に関する職務行為に対する謝礼の趣旨の下に右封筒入り現金十万円を餞別名義で交付させ、被告人海内をして同夜同都中野区西町所在の当時の自宅において右現金を受領する決意をなさしめて供与し、以て同被告人の前記職務に関し贈賄し

(二)  被告人海内は右(一)記載のとおり昭和三十年七月末頃農林省農林経済局肥料課業務班室において坂井次郎から封筒入り現金十万円を餞別として交付され金額不明のままこれを受取つたが、同夜前記自宅においてこれを調べた結果右現金が十万円であり、前記の自己の職務行為に対する謝礼の趣旨の下に全購連肥糧部関係者から供与されるものであることを覚知するに至つたにかかわらず、これを受領する決意をなして収受し、以て自己の職務に関し収賄し

第二、被告人立岩は本邦に居住し、かつ法定の除外事由がないのに

(一)  寺田寛と共謀のうえ同人を介し

(イ) 昭和三十年十二月初旬頃同都千代田区有楽町一丁目十一番地所在の全購連事務室において狭川勝明から対外支払手段である米国通貨約五百ドルを一ドルにつき約四百十円の割合で買い受け

(ロ) 昭和三十一年八月初旬頃同所において狭川勝明から対外支払手段である米国通貨約三百ドルを一ドルにつき約四百十五円の割合で買い受け

(ハ) 同年八月中旬頃同所において狭川勝明から対外支払手段である米国通貨約六百ドルを一ドルにつき約四百十円の割合で買い受け

以てそれぞれ基準外国為替相場によらない取引をなし

(二)  (イ) 昭和三十年十二月初旬頃同都同区霞ヶ関所在農林省農林経済局肥料課横廊下において同課長檜垣徳太郎に対し前記第二の(一)(イ)記載の対外支払手段たる米国通貨約五百ドルを交付し

(ロ) 昭和三十一年八月初旬頃同都同区霞ヶ関所在衆議院第三議員会館において植村和郎を介し日本社会党所属衆議院議員井上良二に対し前記第二の(一)(ロ)記載の対外支払手段たる米国通貨約三百ドルを交付し

(ハ) 同年八月中旬頃同都同区永田町所在衆議院第一議員会館において、脇千鶴子を介し日本社会党所属衆議院議員芳賀貢に対し前記第二の(一)(ハ)記載の対外支払手段たる米国通貨約六百ドルのうち約三百ドルを交付し

(ニ) 同年八月中旬頃同衆議院第一議員会館において日本社会党所属衆議院議員川俣清音に対し前記第二の(一)(ハ)記載の対外支払手段たる米国通貨約六百ドルのうち約三百ドルを交付し

以てそれぞれ右各対外支払手段を外国為替公認銀行等に売却しなかつた

第三、被告人海内は本邦に居住しかつ法定の除外事由がないのに昭和三十年八月九日頃同都大田区羽田江戸見所在東京国際空港より、その頃橋上友知から取得した対外支払手段たる米国通貨百ドルを携帯して国外に赴き以て右対外支払手段を外国為替公認銀行等に売却しなかつた

ものである。

(証拠の標目)(略)

(訴訟関係人の主張に対する判断)

判示第一の(一)、(二)の事実につき検察官は被告人立岩から被告人海内に供与された本件現金の額は二十万円であり、しかもそれは農林省農林経済局肥料課前廊下において被告人両名の間で直接授受されたものである旨主張するので検討すると被告人立岩、同海内の検察官に対する前掲各供述調書被告人海内に対する裁判官の勾留質問調書中には右主張に添う供述記載が認められるのであるが、これに対し被告人海内は当公廷において「警察において海外出張の際貰い受けた餞別について取調べられ一覧表を作つたが、金額等判然しないものが多くその総額を数回書き直した。全購連からの分も仲々思い出せず最初はその頃の最高額と記憶していた金五万円と書いたが、数日して全購連の帳簿に十万円と記載されていると言われたのでその様に訂正し、更にその後立岩は二十万円と言つていると告げられやむなく二十万円と書き直した。またそれを持参した人についても係官は立岩だと決めてかかつていたのでそのままこれを認め、受取つた場所も机のところで受取る筈がないと言うので、肥料課前廊下とした。その様なわけで検察官、裁判官の前では訂正する気がなくなつた」旨供述し、被告人立岩も追上申書において「警察の取調に対し海内に餞別を出したことをどうしても思い出せなかつたが、係官の口吻では海内が受取つていると供述している様子であり、又自分がその点を供述しなければ全購連の島田理事、森肥糧部長その他部下等を逮捕しかねない様に見え、そうなつた場合の全購連ないし下部組織の混乱を想像して自分の責任で解決しようと決心し認めることにした。しかし全く記憶がないので、もし餞別をやつたとすれば十万か二十万と思うと述べたのが結局二十万円として調書に記載されることになつたが、検察官の取調の際海内の一覧表を見せられ、それには二十万円を農林省廊下で私から受取つたと書いてあつたのでやむを得ないと考えて争わなかつた」旨陳述し、被告人海内の取調に当つた警察官山崎正良も証人として「被告人海内は警察の取調に対し最初は全購連からの金員の贈与を否認し、次いで三万円か五万円を餞別として貰つたと供述したが、その後同被告人が餞別として受取つた金員について使途等を細かく計算した結果二十万円と訂正した」旨、また被告人立岩を取調べた検察官中村浩も「被告人立岩は、検察官の取調に対しその金額授受の模様について大体卒直に供述したが、その点についての警察の調書は大ざつぱに作られていた」旨それぞれ被告人両名の前記各供述の重要な部分に符合する証言をなし、かつ証人更級学の証言によれば被告人立岩が逮捕された当時全購連役職員、下部組織の間に動揺の見られたことも事実であつて、被告人立岩が弁解するように同被告人はこれを心痛し取調の拡大をおそれる余り、十分の供述をしなかつたことが窺われるのであるから被告人両名の検察官に対する前記各供述調書、被告人海内に対する裁判官の勾留質問調書中右金二十万円授受の状況に関する記載部分の信憑力は疑しく、しかも右金額を裏付けるような全購連の金銭出納関係を明らかにする証拠が全く存在しないのである。これに反し証人河原三、同坂井次郎、同寺田寛の各証言を綜合すれば、被告人立岩は判示日時頃経理部主計課長である河原に対し別途勘定から金十万円を支出するよう指示し、肥料部燐酸加里課長である坂井次郎にこれを被告人海内に届けるよう命じたので、同人は河原から右十万円を受取りのし紙に包み封筒に入れ偶々同行した寺田寛と共に農林省に赴き被告人海内に対し同人の事務机前でこれを手渡したことを認めることができ他にこれを覆えすに足る証拠はないから、結局被告人立岩から右坂井を介し被告人海内に交付された現金は金十万円と認定するのが相当である。

被告人両名及び弁護人は、右金十万円の贈与の趣旨は被告人海内の海外出張に当つての餞別であるとし、それが同被告人の職務に関する賄賂でないことの理由として、被告人海内の担当する臨時肥料需給安定法に基く調整保留肥料制度は農業者の利益を図るものであり、従つてその事務運営に当つて農林省は農業者の団体である全購連と利害を共通にするばかりでなく、被告人海内は常に課長以上の決裁を受け機械的な職務に従事していたに過ぎず、その際全購連肥糧部と意見を異にすることはなく、従つて被告人立岩が被告人海内からその職務に関し好意ある取扱を受ける可能性もないから両被告人間に贈収賄の行われる余地はない旨主張するので審究すると、証人大坪藤市、同檜垣徳太郎(第一回)、同森晋(第一回)の各証言から明らかなように、農林省の肥料行政は伝統的に農業者に対し安価良質の肥料を適期に供給することを基本方針の一つとし調整保留肥料制度もそれに添うものであつて、農業者の団体である全購連の方針とその方向を同じくし、また同制度の運営に際しては、その重要性に鑑み農林大臣が肥料審議会の意見を聞き各局長と協議した方針に従つて行われていたことは弁護人所論のとおりである。しかし農林省農林経済局肥料課業務班と全購連肥糧部調整保管課とが判示のような各事務を担当する以上両者は監督者と被監督者の立場にあり職務上密接な関係を有することが明らかであるばかりでなく、調整保留肥料制度は一面生産販売業者の方針と利害を異にすることは制度自体から窺いうるところであつて、証人林正蔵の証言によれば、右制度施行当初、同肥料の買上、放出の実施要領につき肥料審議会において激しい論議が討わされ、需給計画の策定、右肥料の買上ことにその放出に際しては農林省は通産省を通じ予め生産業者の意見を徴していることを認めることができるから放出等の決定が常に申請者たる全購連の希望どおりに行われるとは限らないのみならず、証人檜垣徳太郎、同森晋、同米田憲一(各第一回)の各証言によつても全購連の希望する放出数量時期と農林省の決定とが一致しなかつた例もあり、かかる場合は消費者たる農業者に対する適期の肥料供給に悪影響を及す虞なしとしないのであり、また右肥料の保管に関する全購連の不手際については前記反対者等からの批判を免れず、従つてその検査結果の外部に対する漏洩は全購連の好まないところであることも亦明白であるから農林省の担当係官である被告人海内の職務内容に関し全購連肥糧部との間の利害の対立ないし意見の衝突の可能性がないとすることはできない。従つて被告人海内同立岩の検察官に対する前記各供述調書中右認定に添う部分の記載はこれを措信するに足りる。そして右各供述調書によれば、被告人立岩は、昭和三十年三月頃被告人海内等の施行した右肥料保管状況の検査結果に基き若干の保管倉庫における不正流用について同被告人から注意を受けた際同被告人に対し失態を謝し公表しないよう頼んだことを認めることができるから、被告人立岩は全購連肥糧部次長として同部調整保管課の担当する調整保留肥料制度の事務の大要を把握し、被告人海内の担当職務内容についてもこれを認識していたことが明らかである。果してそうすれば、右のような具体的な職務関係のもとで監督官庁の担当係官である被告人海内に対し被監督者たる団体の担当事務責任者である被告人立岩からなされた現金十万円の贈与は、仮令被告人海内から特に好意ある取扱を受けた事実がなく、従つて特定の具体的な職務行為に対する対価として支払われることの認識がないとしても、なお被告人海内の職務との関係から行われたものと認むべき蓋然性は極めて強いものと謂わなければならない。もつとも贈収賄罪における賄賂は公務員の職務と対価関係に立つ不法な報酬と解せられるのであるが、(一)公務員がその職務とは無関係に私生活上の関係において利益の供与を受ける場合はこれを目して賄賂とすることのできないことは勿論であるが、右利益の供与がかかる特殊の事情の下に行われたものであるかどうかは専ら証拠によつて厳密に認定せらるべき事実問題に属するものである一方、(二)世上一般に中元歳暮餞別等の名の下に公務員に供与される類のものは、当該公務員との職務上の日頃の関係において提供されるものであつて職務と全く無関係のものとはなし難いのであるが、これらの授受が職務執行の公正を疑わせる事情がないとして社会観念上是認される儀礼の範囲にとどまる限りは違法性を欠くものとして賄賂性を否定すべきであると解するのであるが、果して右違法性を欠くものかどうかは、当該公務の職種、公務員の地位身分、供与された利益の性質価額、及び一般社会慣行等諸般の事情を基にして判断せらるべき評価の問題であつて法律問題に属すると解すべきであるから、被告人立岩同海内間の右金十万円の贈与につき右の二点から更に検討すると、証人檜垣徳太郎(第二回)の証言、被告人両名の検察官に対する前記各供述調書を綜合すれば、農林省職員と全購連役職員との間には一般に近親感があり被告人両名も亦同様であつたことは窺いうるけれども右証拠によつても被告人両名は単にその職務上の関係で知り合つていた程度にとどまり、右関係を離れて深い個人的交際を結んでいた等現金の贈与を首肯させるような特別の事情を認めえないところであるから前記金十万円は被告人海内の職務に関し贈与されたものと認めるの他はない。そして証人森晋(第一回)、同鈴木要之助、同坂井次郎の各証言を綜合すれば、全購連ないし肥料業界においては儀礼的贈答ことに海外旅行者に対する餞別が一般に派手に行われており、本件金十万円も被告人海内の海外出張に当つての餞別として贈与されたことを認めうるけれども、被告人海内の検察官に対する前記供述調書及び当公廷の供述によれば、同被告人が餞別として贈与を受けた総額は八十八万五千円余であるが、全購連以外から贈られたものは最高額が金五万円程度であつたことが明らかであるから、証人大坪藤市の証言するように、被告人海内の右の出張が農林大臣の随行者として農林経済局から特に選ばれた最初のことであつたことを考慮するとしても同局肥料課の一班長の地位にあるものに対し現金十万円を贈与することは社会観念上是認される儀礼的餞別の範囲を越えたものと認めざるをえないのみならず、これを前示した被告人両名の具体的な職務上の関係と併せ考察すれば、右十万円は餞別であるとともに被告人立岩が被告人海内から職務上いろいろ世話になつたことに対する感謝の意味即ち職務行為に対する謝礼の趣旨を含めて贈与された賄賂であると判断すべきである。そして判示のとおり右十万円は被告人立岩から坂井次郎を介し封筒入りのまま「海さんわらじ銭だよ」といつて餞別名義で被告人海内に交付されたが被告人海内の検察官に対する供述調書によれば、同被告人は同夜自宅において右封筒を開き本件授受の金額が通常の餞別としてはやや多額であることを認識しながらこれを受領する決意を生じたことが明らかであるから同被告人が右決意を生じた時を以て本件贈賄罪の供与及び収賄罪の収受の各行為が既遂の時期に達したものと解するのが相当である。

因みに、判示第一、(一)(二)の贈収賄の事実について当裁判所が認定したところは前記のように起訴状に訴因として明示されたところとその金額、授受の態様、犯罪の既遂時期につき一致しないものがあるけれども、両者が同一の公訴事実に属することは明白であり、賄賂額を過少に認めた点は被告人等に不利益を蒙らしめることがないから訴因変更の必要がないこと勿論であるが、本件起訴状の記載によれば、本件金十万円は被告人両名の間において農林省農林経済局肥料課前廊下において直接授受されその時を以て贈収賄罪の成立ありとしているものを判示のように認定するについて敢えて訴因変更の手続をとらなかつたことにつき一言説明を加えると、右授受の態様は被告人及び弁護人等が本件公判の冒頭から公訴事実に対する弁解として主張しかつ立証を試みてきたところと同趣旨のことを認定したものであり、また被告人海内がその贈られた本件金十万円を自宅に持ち帰りそのまま受納したことも争のない事実であつて、本件の争点は専ら右金十万円の賄賂性の有無にあつたのであるから、かかる事情の下でこの程度の事実関係の変動及び法律構成の変化について訴因変更の手続によることなく判示事実を認定するとしても被告人等の防禦権に実質的に不利益を与えたものではないと解する。

(法令の適用)

被告人立岩、同海内の判示所為中、被告人立岩の贈賄の点は昭和三十三年四月三十日法律第百七号による改正前の刑法第百九十八条罰金等臨時措置法第二条第三条に、各基準外国為替相場遵守義務違反の点は外国為替及び外国貿易管理法第七条第六項第七十条第二号昭和二十四年十二月一日大蔵省告示第九百七十号刑法第六十条に、被告人海内の収賄の点は刑法第百九十七条第一項前段に、被告人立岩、同海内の各対外支払手段集中義務違反の点は外国為替及び外国貿易管理法第二十一条第七十条第二十二号外国為替管理令第三条第一項外国為替等集中規則第三条第一項にそれぞれ該当するので、被告人立岩につき各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、被告人海内につき対外支払手段集中義務違反の罪につき所定刑中懲役刑を選択し、被告人両名につき以上はそれぞれ刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文第十条に従い被告人立岩については犯情の重い贈賄の罪の刑に、また被告人海内については犯情の重い収賄の罪の刑にそれぞれ法定の加重をなした刑期範囲内で処断することとするが犯情について考察すると被告人立岩の本件贈賄の所為は前示のとおり法の厳正な解釈においては公務員の職務行為の公正、清廉性を侵害する行為としてその罪責を免れないものではあるが、全購連肥糧部次長として主として渉外事務を担当していた同被告人が従来の慣行を無批判に踏襲し、その違法性に深く想いを至すことなく全購連肥糧部からの餞別の趣旨を兼ねて行われたものであること、また各外国為替及び外国貿易管理法違反の犯行も右と全く同様に海外旅行者に対する餞別として使用するためになされたものであつていずれも自己の利得を目的としたものではないこと、また被告人海内の本件収賄の犯行は清廉なるべき公務員でありながら職務行為の公正を疑われるような多額の現金を収受したものとしてその責任は重いとしなければならないところであるけれども前示のような全購連役職員に対する近親感からやや多額と思いながらも餞別を兼ねて贈られるものと考えこれを収受したものであること、他の農林省職員中にも同様趣旨で多額の米国通貨を贈られながら単に略式命令の手続により外国為替及び外国貿易管理法違反の点のみについて処理されていること、被告人に対する捜査は当時世上に喧伝されたいわゆる全購連事件の一環として行われ本件犯行よりは寧ろ他に捜査の重点がおかれた形跡がある等の事情を考慮するときは、ひとり同被告人に重刑を科することは処罰の公正を失する嫌があること、また外国為替及び外国貿易管理法違反の所為も海外出張における旅費の不足に備えるためたまたま餞別として贈られた米国通貨を国外に帯出したものであること等の事情が認められるから、その他被告人両名の経歴、地位、家族関係等諸般の情状を斟酌し、被告人立岩を懲役八月に、被告人海内を懲役十月に処するが、右犯情に鑑み被告人両名につき刑の執行を猶予するのを相当と認め刑法第二十五条第一項に則りこの裁判確定の日から被告人立岩に対し一年間、被告人海内に対し二年間いずれも右刑の執行を猶予し、なお被告人海内が収受した本件賄賂である現金十万円は既に同被告人において費消して没収することができないから前記昭和三十三年法律第百七号による改正前の刑法第百九十七条の四後段に従い同被告人から金十万円を追徴し、訴訟費用につき刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用し全部被告人海内に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 岸盛一 目黒太郎 千葉和郎)

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